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長い間ご苦労様でした

 投稿者:佐藤 長  投稿日:2012年 5月22日(火)19時02分48秒
  お久しぶりです。退院が近い由、お喜び申し上げます。

あともう少し、最後の最後で延期にならないよう、しっかりとご自愛ください。

帰宅先は以前のご自宅ですか。機会があればお訪ねします。
 
 

帰宅と退院

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 5月15日(火)13時33分42秒
  ほぼ確定と思われますが、この五月二十九日に退院して
在宅療養に移行することになりました。
在宅介護制度の、どの程度の介護かはまだわかりませんが、
基本的には独居高齢者としての介護をうけることになります。
どなたにも年始または入院の挨拶をいたしておりませんので
お心あたりの方面にはよろしくご伝声ください。
 

中野重治書簡集

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 5月 2日(水)14時55分43秒
  表記の書籍が平凡社から届きました。総660ページの重たい本です。1923年から1979年かでの、蒐集された中野からの書簡約1000通のうちから765通が収録されています。彼が公表した書き物では見られないいわゆる背後の事情なども見ることができて参考になります。
税別定価15000円ですがわたしのほうに申しつけ下されば2割値引きできます。
 

小泉様

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 5月 2日(水)09時31分52秒
  ezx02005@nifty.com
ご用があれば上記にご連絡ください。HIRO
 

小泉さま了解です。

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 4月30日(月)14時24分39秒
  お申し越しのこと、了解です。小生目下入院中なので、格段のお手伝いはできませんが、こむうね通信の写真、文章など自由におつかいください。あの文章は、「新現代詩」に発表したものだと思います。目にとめてくださってありがとう。HIRO  

写真借用のお願い

 投稿者:小泉純一  投稿日:2012年 4月30日(月)13時39分38秒
  直原様

HPのメールからの送信ができないため、こちらから連絡させていただきます。

パレスチナ系アメリカ人作家の研究をしてまいりました。そのつながりでマフムード・ダルウイーシュがどのように日本に紹介されてきたのかを調べる中で、74年来日の際の写真をこうむね通信のHPで見ることができ、感謝いたします。

五月の中旬に、サイード、ダルウイーシュとパレスチナ系アメリカ詩人をテーマに発表をするのですが、その際上記のお写真を使わせていただいてもよろしいでしょうか。印刷するのではなく、スクリーンに投影したいと考えています。

ダルウイーシュの翻訳は四方田さんの翻訳で一冊出ましたが、土井大助さんのお仕事もダルウイーシュの来日も忘れられたに等しく、そのような状況に一石を投じられればと考えております。

なお、メールへのご連絡がよろしければ、お知らせください。

では、ご検討のほどよろしくお願いいたします。

小泉純一



 

ことしの桜

 投稿者:かずみ  投稿日:2012年 4月23日(月)23時29分14秒
  遊とじきはらさんのご縁は、例会で講話をしてくださったことからでしたね。
ご自身の半生を語り、台所からでも世界を見渡せる詩を書くように、
とおっしゃった言葉が心に残っています。

ますみさんはいつだったか遊の花見に参加してくれて、
私たち7人の花の精のような楽しい写真が残っています。
じきはらさんもあのとき姥桜たちの花見にいらっしゃるべきでした(^^)

どこにいても、ことしの桜を見ることができてよかったと思います。
持病を得て年ごとにその思いを深くしています。
来年は王子公園あたりの桜で交差点の花見にしたいものです。



 

かずみさん、今さんへ

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 4月22日(日)11時55分19秒
  遊の会の吉野の花見にさそわれて、お断りしたことが、今思うと、残念でなりません。元気なときは忙しく、時間ができた頃には身体がいうことをきかない不条理が残念です。「交差点」の例会や作品集に助けられながらも、わたしの生きてきた時代との関連で、自分の一生を書き記しておきたいという気分がいまあります。誇れるような人生だったというのではなく、わたしの社会的活動や、詩へのかかわりが何であったのか、ということを自分で改めて確かめてみたいということです。いまさらだからといってやり直すことができる訳でもありませんが……。
 五月八日に関係者と一緒に一時帰宅します。住まいの改修(介護関係)や、介護関係、医療関係、などの詰めをそこでします。どうしても五月中には退院したいとおもっています。病院では帰宅してからの食事、薬や栄養補給のこまごましたことが自分自身でできるようにナースたちから訓練されています。元気で生きています。HIRO

 

交差点、現代詩神戸をありがとうございます。

 投稿者:今猿人  投稿日:2012年 4月21日(土)17時03分4秒
  本日、永井ますみさんより、頂きました。直原さんの代送との事でしたので、こちらでもお礼を。

エッセイは、川西、伊丹両市につごう十年以上住んだ事のある私には、見知った地名、事柄が書かれてあり懐かしく読みました。また、詩の方もよーく分かります。良い詩です。
でも、どちらも追憶ですよね。だからどうだと言うのではありませんが…。

長くご無沙汰しておりますが、いよいよご自宅の方に戻られるご様子。良かったです。
また機会があれば、お会いしたいと思います。

それではまた。
 

春うらら

 投稿者:かずみ  投稿日:2012年 4月21日(土)16時37分47秒
  家の前の300坪ほどの広い田んぼにはレンゲがいっぱい咲いて、
白や黄色の蝶がひらひら・・・のどかな春日です。

「雲流れて」に、じきはらさんが丁寧なお手紙と詩の墨書を送ってくださったと、
井上庚さんが電話で感激しておられましたよ。
すばらしい書は額に入れて飾るそうです。

4月10日、11日は、吉野の民宿で、「遊」恒例の花見と、井上さんの出版のお祝いでした。
私はあいにく前日にインフルエンザにかかり参加できませんでしたが、
もと同人4人と中西さんとで、よい花の宴だったとか。

 

河野

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 4月11日(水)11時58分54秒
  交野市の田代ゆかりという人から来た案内です。
京都の詩人、河野仁昭がなくなって4月8日に七七忌をむかえたこと。5月3日、4日のどちらかに偲ぶ会を開きたいこと、両日の都合の良い日と時間にお越しねがいたいこと、故人が遺した蔵書、遺著、陶芸作品を持ち帰りねがいたいことなどです。
神戸の輪の仲間などに連絡して欲しいということですが、私にはいまその手だてがありません。河野氏をよく知っている人ならどなたでも心がけていただきたいとおもいます。田代さんの連絡先は072-893-3764です。よろしく。
 

土倉さんへ

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 4月11日(水)11時28分51秒
  金沢へ、みんなと一緒に行った頃が思い出されます。金沢では貴方がレポートされたのでした。わたしも、もっと真面目に勉強しておけばよかった。中尾君からの転居通知、印刷されたハガキは珍しいものでした。波除はこんどの震災のときには危険地帯だということで逃げ出したのかな。彼とも話したいことが一杯あるんだけど、メールで連絡はできるのかな。  

お返事

 投稿者:土倉 莞爾  投稿日:2012年 4月11日(水)06時43分6秒
  5月にご退院とのこと,おめでとうございます。
先日,中尾務氏から転居通知が来ておりました。彼とも小島先生を偲ぶ会以来あっておりませんが,下橋氏を含め皆で中野重治を読んだことが懐かしく思い出されます。あの時はなんとも思わなかったけれどずいぶん貴重な時間だったと思っています。それでは,ますますお元気で。
 

Re: 土倉さんへ

 投稿者:土倉 莞爾  投稿日:2012年 4月11日(水)06時37分36秒
  > 誕生日の祝賀ありがとうございます。本人にとっては、うかうかとこの齢まで生き延びてしまったなあ、という感慨です。ところで、この5月には退院するということになりました。高齢独居者としての、在宅介護へ移行するということです。すこしは、いまよりも、仕事ができるようになるか、と期待しています。出歩くことはこれからはやりにくいとおもいますが、また一杯呑んで歓談というふうにもいかないかとおもいますが、どうぞ、土倉さん、皆さん、我家にお立ち寄りください。  

詩画集「雲流れて」のことなど

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 4月 7日(土)15時12分18秒
  井上庚の詩画集「雲流れて」を読みました。井上さんは長年大阪で教員をしていた詩人で、わたしと同じ年のうまれです。版画を書いていた夫君を二年前に亡くされ、その遺作や子供、孫の絵も加えた5冊目の詩画集です。前の詩画集の御祝いの会には私も出たことがあります。今後の健在を祈ります。出版した浮游社も、私の詩集や評論集を出したこともあるところで、その復活もうれしいものでした。
今日六日、病院の桜は今満開で、大きい樹だけに見ごたえがあります。
なお、退院の日取りは、五月中旬に繰り上がるかもしれません。HIRO
 

桜健在!

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 4月 4日(水)15時31分29秒
  3日の嵐にもかかわらず、病院の桜は健在でした。7分咲きといったところです。わたしは何故か、昼も夜もうとうとしています。HIRO  

桜が咲いた

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 4月 1日(日)17時12分3秒
  4月1日、病院の桜の木が花を開きました。  

祝賀ありがとう

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 3月31日(土)11時06分9秒
  皆さんから祝っていただいて嬉しいです。
うかうかと生きてきたら、いつの間にか82歳になっていました。
病院の庭の桜の樹、花芽がしっかりと色づいてきました。去年は
桜の咲いた時をうかうか過ごしてしまったけれど、今年はしっかりと
眺めることができます。今年は、仕残したことに、ぼつぼつ
取り組んでいきたいとおもっています。よろしくお見守りください。
 

お誕生日おめでとうございます

 投稿者:かずみ  投稿日:2012年 3月31日(土)10時29分46秒
  あいにくの雨模様ですが、桜もちらほら咲き始めました。
春のさきぶれのようなすてきなお誕生日、おめでとうございます。
去年の誕生日より今年、もっとお元気になられたことがうれしいです。

私も冬ごもりからようやく抜け出ました(^^)
五月までには一度お見舞いにうかがうつもりです。
 

土倉さんへ

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 3月25日(日)15時09分56秒
  誕生日の祝賀ありがとうございます。本人にとっては、うかうかとこの齢まで生き延びてしまったなあ、という感慨です。ところで、この5月には退院するということになりました。高齢独居者としての、在宅介護へ移行するということです。すこしは、いまよりも、仕事ができるようになるか、と期待しています。出歩くことはこれからはやりにくいとおもいますが、また一杯呑んで歓談というふうにもいかないかとおもいますが、どうぞ、土倉さん、皆さん、我家にお立ち寄りください。  

和田英子さんの死

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 3月25日(日)14時57分41秒
  永井さんの通報で3月21日に和田英子さんがなくなったことを知りました。長年統率をしてこられた現代詩神戸の世話ができなくなり、所属していた「騒」も退会し、詩も書けなくなってきた最近の経過から、予想はできたことですが、それにしても六十年もの間、近辺で詩を書いてきた仲間として感無量です。葬儀は寂しかったとか、いずれやってくる自分の番をおもうと、高齢でリタイアしたものにとってはそれのほうが相応しいようにおもいます。  

お誕生日

 投稿者:土倉 莞爾  投稿日:2012年 3月25日(日)06時43分22秒
  3月31日ということがface bookに出ていました。少し早いですが,おめでとうございます,と申し上げておきます。俗で粗末な言い方になりますが「長生きしてください」。
暇ができたら貴殿の「吉本隆明論」を読み直してみようと思っています。5月26日の「下橋先生 教職一筋! 半世紀を祝う会」に出席の返事を出したところです。お元気で。
 

山森さんへ

 投稿者:じきはら  投稿日:2012年 3月18日(日)15時33分4秒
  あなたのブログ読みました。
新聞は取っていないので、隆明氏のことはチラッと知っただけで、死についてのくわしい情報はまだ知りません。
彼のことはそれ以後ほとんど関心を持ってこなかった。始めは、格闘相手として一生懸命追っていたけれど、あの振幅のはげしさに付いていけず、読んでいません。彼に心酔していた極左の若者たちはどうなっているのでしょうか。いまでも吉本教なのでしょうか。
詩人としての彼は、初期に注目されただけで、現代詩の流れのなかではもとんど過去のひとでしょう。武井と一緒に展開した、戦争責任論はそれなりに新鮮だったけれど、あの切捨て方も、他の問題についてのと同じように、きわめて極端な対極を提示しただけであったようにも思います。死んだのち、改めて評価する人があれば、知りたいと思いますが、私はあまり関心をもちません。まあ、私もおなじく齢をとってぼけてきたたということでしょう。
 

隆明の死

 投稿者:山森  投稿日:2012年 3月18日(日)12時43分49秒
  ご無沙汰しています。その後いかがですか?
隆明さんが亡くなりましたね。
自分ブログにも書きましたが詩人としての彼を僕はよく知りません。
直原さんにとってはどうだったのですか?
それにしても「孤独死」なんてしきりに話題になっていますが
馬鹿馬鹿しいですね。
生きていても孤独なのに、孤独でない死なんてありませんものね。

http://rouhei.com

 

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2012年 2月24日(金)14時48分34秒
  [今猿人」さんのブログ「ぼちぼちいこか」読みました。長いエッセイなのでびっくりしました。しかし面白かった。説得力があった。いろいろなことを考えさせられた。また別な立論の仕方があるのじゃないか、とも思いましたが、いまのところ強いて反論することもないと思います。書き続けられる今後の展開に期待して舞っています。  

ご無沙汰しています

 投稿者:今猿人  投稿日:2012年 2月19日(日)12時44分47秒
  その後、いかがでしょうか? こちらには時々訪問していますが、少しずつ再生というか、新生というか、されているようで良かったです。本当は、またそちらにお伺いしなければと思っているのですが、何しろあの心臓破りの坂ですからねぇ。それに、あんまり浮いた話もございませんしねぇ。

確かに豪雪ですね。女房が何の因果か、昨日から中学高の同窓会で、輪島に行っていますが、電車もバスも大幅に遅れて、大変そうです。時期が悪いですね。
『現在詩論』という、駄文を書いて、私のホームページにのっけています。気が向くようなら読んでみて下さい。時間潰しにはなるかと思います。

まだ寒いですが、今日は雨水でしたか。
いよいよ来週辺りから春めいてくるのではないでしょうかね。
もっとも、春がきたとて

  また来ん春と人は言ふ
  しかし私は辛いのだ
  春が来たって何になろ
  あの子が返って来るぢゃない    (中也 「また来ん春…」)
 

gousetu

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2012年 2月 7日(火)09時53分19秒
  いつもならそろそろやってきて、入院中の私の世話をやいてくれるはずのむすこの嫁が顔をみせない。上越市に住む息子夫婦は、例年にない大雪で音をあげているようだ。畑に行く通路には背丈ほど雪の壁ができているという。例年自家でこなした屋根の雪下ろしを、今年は業者に依頼したが、それもなかなかやってこないという。上越市は除雪費用がパンクして、国に補助を要請したと、ニュースは伝えている。家の所在地は、高田城の広い堀に面した一郭で、近辺には工業高校や付属小学校がある住宅地である。孤絶しているのか、家も車も雪に閉じ込められているのか、車での往来はなんとか可能なのか、雪国育ちではない私には想像もつかない。豪雪地帯を襲った、例年にない異常な豪雪に人も住居も安かれと祈るばかりである.  

両眼手術完了

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2012年 1月27日(金)11時27分56秒
  1月20日左眼、25日右眼の白内障手術を終えて今日27日もとの病室3322号室にかえり増した。新聞が読めてパソコンが見える、幸せです。HIRO  

目の手術

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2012年 1月10日(火)15時40分7秒
  このくらいの字ならまだ読めます。長い文章はこまります。
聞いた日程では
19日病室移転
20日 左眼手術
26日 右目手術ちうことです。
息子の嫁は10日新潟へ帰りました。1月末まで郵便物など
ご配慮願えればたすかります。NIRO
 

もう十日になりました

 投稿者:永井ますみ  投稿日:2012年 1月 9日(月)22時27分40秒
  白内障が進んで文字が読みにくいとか
ここもしばらく読めないでしょうかね?
今春は自宅への復帰を目指すとか、いいですね。
頑張りましょう。
上手に食べれるようになることです。
 

あけましておめでとう

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2012年 1月 1日(日)09時48分1秒
  2012年のごあいさつです。
今年はどなたにも年賀状だしません。
1月末、両眼の白内障の手術をうけます。社会復帰の準備です。
今日7時すぎ、東の空が、太陽は見えなかったけど、雲間から
日の出を感じさせる、灼熱の光が次第に強く大きくなっていくのを、
病室の窓から眺めていました。
ことしもよろしくお願いします。HIRO
 

訂正

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2011年12月14日(水)11時45分28秒
  前記事「見本の粘菌」は「日本の年金額の」に訂正します。  

足立君が来た

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2011年12月14日(水)11時39分45秒
  12月はじめ、ポーランドで暮している足立寛道君が見舞いにきてくれました。(わざわわたしのために帰国したわけではありません。)12がつ10日頃にはポーランドに帰っているでしょう。むこうでの生活は、見本の年金の半額ほど暮らせるようです。しかし高齢になってくると、医療などはいろいろ心配(言葉も十分につうじないので)しなければならないと、いっていました。わすれない内にご報告まで。  

年末のあいさつ

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2011年12月14日(水)11時29分14秒
  いよいよ年末です。皆さん気ぜわしくしておられることとおもいます。わたしは病室で越年です。帰宅しても飲み食いできないから病院にいます。息子や娘、孫たちは年末年始一度は顔出しするでしょう。お暇でなくとも、一度は声をかけてください。年賀状はださないことにしましたがよろしく。御元気で越年されるよう祈っています。  

その後

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2011年12月 3日(土)09時44分59秒
  1日、下橋邦彦君が病院にたちよぢました。この夏、奥さんが急死なさったとのこと、66歳というのはあまりに若いです、足立君の来訪,心待ちにしています。hiro  

足立君2

 投稿者:山森メール  投稿日:2011年12月 2日(金)15時55分11秒
  明日3日、お訪ねしたいとのことです。彼と会って直原さんの病状が悪化するとは思いませんが、もし、体調がお悪いということであればご連絡下さい。携帯をアイホンに変えたので常時、このページにアクセスできるようになりましたから。
一昨日、宮田君来京、数人で放談しました。

http://rouhei.com

 

山森さんへ

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2011年11月25日(金)14時23分43秒
   病院は変っていません。昨日から熱をだして、肺炎の再発かと用心しています。おそらくたいしたことはないでしょう。じき
 

足立君

 投稿者:山森メール  投稿日:2011年11月24日(木)19時25分16秒
  ポーランドの片田舎に住んでいる足立君が、帰ってきて僕の作業所のマンションに寄宿しています。相変わらずのホラを吹いていますが、彼なりの老成が、彼を人並みの感覚に近づけているようです。ポーランド大使館の研修を受けに来た別嬪のお嬢さんを連れて、今月30日から12月6日までは、関西を旅行するようです。その間に直さんをお見舞いしたいといっていますが、病院は前のままですか?お知らせ下さい。

http://rouhei.com

 

ホームページビルダーについて

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2011年11月 7日(月)08時14分48秒
  ホームページビルダーをあやまって消去してしまったため、こむうね通信の、詩のページ、エッセイのページ、メモランダムのページがこの1年間ほど、更新できていません。なんとかできないか、どなたかお知恵を貸してください。ホームページビルダーそのものが別の会社に身売りしてしまったため、話がよけい面倒になっています。わたしの知恵ではどうもなりません。知恵を貸し手ください。手を貸し手ください。  

メールへの警告ですが

 投稿者:かずみメール  投稿日:2011年10月19日(水)14時48分22秒
  ますみさんの掲示板でも書いてくださいませんか。
他の人にも来ていると思いますので。
 

へんなメール来ています

 投稿者:かずみメール  投稿日:2011年10月19日(水)11時49分46秒
  やはり、あやしいのでしたか。

杉山さんのは、坪内捻典さんのエッセイでもほめていました。
買います。
 

へんなメール

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2011年10月19日(水)07時32分24秒
  フエイスブックというところから、わたしの名で、奇妙な勧誘のメールがとどいていませんか。これはあやしいメーです。わたしが関与していないものです。来ていたらすぐ遮断して下さい。別途、わたしに連絡してください。じきはら  

詩集「希望」のおすすめ

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2011年10月 7日(金)09時23分21秒
   もうおそい ということは
 人生にはないのだ

 おくれて
 行列のうしろに立ったのに
 ふと 気がつくと
 うしろにもう行列が続いている

 終わりはいつも はじまりである
 人生にあるのは
 いつも 今である
 今だ
     杉山平一詩集「希望」より

 杉山平一さん97歳の詩集です。買うべし。読むべし。保存すべし。
申込みは偏執工房ノア。電話06(6373)3641
 

叙勲

 投稿者:土倉 莞爾メール  投稿日:2011年10月 2日(日)16時30分44秒
  <叙勲,受章については,いろいろな考え方があるところですが・・・。去る6月18日の新聞各地方版では,,元兵教組委員長・連合兵庫会長の石井亮一氏の旭日小綬章受章も載っていました>

これは,澤野氏の言葉でしょうか?宮田氏の補足でしょうか,わかりづらいですね。

<現在の叙勲制度は天皇制からひきついでいるもの>

皇居で拝謁しますからね。その側面は濃厚です。
小生は,紅松保夫先生の叙勲祝いの会で反対演説をしたことがあります。その時,陸井先生から,「お前もそのうち立場が変わるぞ」とたしなめられたことを覚えています。陸井先生はもらわれる前にお亡くなりになったと思っています。
小生ですか?「もらいたくない」という前に「誰がやるか」と言われそうです。
 

勲章のこと

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2011年 9月15日(木)12時00分49秒
  生前に勲章をもらった人は、事前に諾否を打診されているようですね。その他に死後叙勲というのもある。こっれは本人に関係はない。対象は政治家、元公務員、大学教授と教師、ときたまに地域社会に貢献した人、それぞれの部門で事前に審査申告が行われます。事前打診で断った人は絶対表面にはでてきません。役人あがりは断る理由もないでしょう。現在の叙勲制度は天皇制からひきついでいるもの.生涯を反体制に架けてきた人は喜んでもらう性質のものではないものです。私にとっては信頼できる友人が独り減っただけのこと。  

勲章

 投稿者:宮田剛メール  投稿日:2011年 9月14日(水)15時28分32秒
  石堂清倫さん+五味川純平さんで春日正次郎氏や福本和夫氏と対談している本があります。
『革命の虚像と実像 思想と人間中央公論社』
その中で、石堂「私の友人で70歳になって、勲一等や勲二等をもらっている。心密かに彼らが勲章をもらうことを拒否してくれればいいが…と思っていたけれども、もらって少しも不思議に思わない人のほうが案外に多い…生涯、天皇制と対立いてきたのに、今頃勲章もらえるか、と。だけど、それは例外らしいです。しかもこの我々の友人は、学生時代にマルクスの本はずいぶん読んだろうし…」
五味川「そういうことを勉強した人ですか」
石堂「(語気強く)そうですよ」
五味川「はァー、それはちょっと驚きだな」
という文章がありました。
同時期にもらった澤野君のメールも紹介します。
ところで,私の叙勲のお祝いのお言葉,ありがとうございました。このたび春の叙勲で瑞寶小綬章を受章し,去る7月1日最高裁の伝達式と皇居での拝謁にいってまいりました。(叙勲,受章については,いろいろな考え方があるところですが・・・。去る6月18日の新聞各地方版では,,元兵教組委員長・連合兵庫会長の石井亮一氏の旭日小綬章受章も載っていました。)
赤松さんのお別れの会の報告遅くなりました。
友人代表として小寺山君があいさつしました。新社会党系の方が多かった。
当日配られた資料で9月28日に吉岡斉さんの原発に関する講演があるのを知りました。出席します。この件だけでも行ってよかったと思います。
報告遅くなりました。

 

キツネ踊り

 投稿者:きつね  投稿日:2011年 9月 6日(火)23時26分52秒
  返信ありがとうございます♪
じきはらさんに負けないほどの照れ屋なので、おたおたしてますが、
ひそかに舞い上がり、キツネ踊りなどしています。

今後、雨が降ったときは窓の外を眺めてください。
陽が射して虹がかかったりしてるはずです。
その太鼓橋の中空で、すこし夏毛でやつれた年増のきつねが
に~んまり笑ってひっかかってるかもしれません、ふふふ。

それにしても、病院生活八か月、やっぱり長いですね。
病院はエッセイや小説のネタがごろごろしてるのではないですか?
きれいな看護師さんもおられるでしょうし、怪しいドクターもけっこういらっしゃるのでは。
とにかく、あることないこと、いっぱいかいて読ませてください。
エッセイの仲間はみ~んな、それを楽しみにしています。
また、気が向いたら、いろいろおもろい話をうかがいに行きます。
 

タヌキからキツネへ

 投稿者:じきはらメール  投稿日:2011年 9月 6日(火)12時34分46秒
   生まれてからこれまで、恋文というものを書いたこともも貰ったこともない古狸から返信です。正直なところ、無事帰宅できるのか、みなさんと飲み食いできるようになるのか、わたしは不安です。だからこそ皆さんが励んでいることが唯一の慰めです。病院生活も客観的にみれば書くことがいっぱいあるのだからとおもっています。それでも、8ヶ月を越す入院生活というのは長いですね。これも生きている年数に加算されるんですね、一度遊びにきてください。話はできる様になっています。じきはら  

キツネからタヌキへの恋文

 投稿者:きつね  投稿日:2011年 9月 5日(月)21時07分12秒
  タイトルが正しく表示されないようなので変更します。
おじゃましました。
 

?恋文ですが。

 投稿者:きつね  投稿日:2011年 9月 5日(月)20時52分44秒
  エッセイの会を勝手に「じきはら会」と呼んでいるきつね田中です。
こっそりメールもいいけど、こんなふうにおおっぴらに恋文を書いちゃうのも一興かと♪

このところ、じきはらさんが欠席されてる「じきはら会」は、
当人の複雑な笑顔がないぶん、な~んとなく心棒が抜けたようでしゃんとしません。
それでもメンバーは、打ち上げの宴会の時はあーだこーだと、そこにはいない誰かさんを
会話に巻き込みながら、盛り上がりはするんです。でも。
でも、ですね。
タヌキの巣穴はそのヌシがいないと、やっぱりなんか、さびしい。

あら~。書いちゃった、恋文。
じきはらさんのエッセイ、読んでます。
 

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